その日、隣国ローハンを訪れていたゴンドール国の王は、あやうく卒倒しそうになった。
彼は、外見からではわからないが、長い年月を生きている。長い人生のなかで様々な経験をし、少々のことでは動じなくなっていたはずの、彼であったが。
眼前の光景に目をまわしそうになった。
「エ、エ、エ、エオメル。‥‥‥これは、いったいなんだ?」
尋ねる口調も、動揺を隠せない。
「姿絵です」
対する答え。こちらはほとばしる嬉しさを隠せないようだ。
「やっとのことで手に入れることができたのです!素晴しいでしょう!?この姿絵は!!」
さあ、そんな戸口に立っていないで、ずずいと奥へ。さあ。
手をとり、自らの居室に隣国の王を招じいれる若きリダ−マークの王。かたやゴンドールの国王は、口を開けてされるがままだ。
「‥‥‥‥‥‥‥だれの」
「もちろん貴方のにきまっているじゃないですか、アラゴルン!」
「ふつー絵というものは、こういう掛け方はしないと思うのだが」
呆然とする王の眼前には、壁全体を覆うような巨大な絵が、窓を除く三方の壁にべたべたと貼られていた。
しかもそれだけではない。ふらついて思わず天をあおぐと、天井にも同じ絵が貼られているではないか。
「そうなんですか?いやあ、絵なんて掛けたの、はじめてですから。はっはっはっ。」
誇らしげに胸を反らせて笑うエオメル。なおさらぐるぐるしてきた王は、床に目を転じ、そこにも同じ絵が貼られているのを発見して泣きたくなった。
(‥‥踏み絵じゃあるまいし)
「どうですか!この目!この唇!まるで貴方がここにいて、私に笑いかけて下さっているかのようだと思いませんか!?」
「‥‥はあ」
なにが嬉しくてこの男は、ヒゲの男(同性)の絵なぞ掲げているのだ!なにか間違ってやしないか?
エオメルに悪いとは思ったが、アラゴルンには全く理解できない趣味だった。壁と天井と床から笑いかけてくる自分の像に怖気を感じて、アラゴルンはぶるぶると頭を振った。
とにかく、この気味の悪い部屋(エオメルの居室)から出たいと切実に思う。
「あー、絵も拝見させていただいたことだし、私はもう失礼---」
「アラゴルンっっ!!」
ばたっ。
鼻息を荒くしたエオメルが、後ろからアラゴルンの痩身を押し倒す。寝台の上に倒れたアラゴルンは、背中にエオメルの体重をもろに受けるはめになり、思わず呻いた。
「エオメル!!」
「わわわ私は、ずうっっと昔から貴方のことを!」
「離せバカもの、こら!!」
「あの絵のなかの貴方に、毎夜毎夜私は頬擦りをし唇を重ね」
「お前そんなことしてたのかーー!?」
もがくアラゴルンと、逃がすまいと懸命なエオメルと。
急所に必殺の一撃をかまそうとしていたアラゴルンは、エオメルの次の言葉に愕然となった。
「妹の部屋で、貴方の姿絵を見てからというもの、私はもう、同じ絵を手に入れようと必死で必死で」
「エオウィン殿も持っているのかーー!?」
あまりのことに、反撃が一瞬お留守になる。その隙に、エオメルはアラゴルンの上に馬乗りになり、抵抗を封じてしまった。
「絵も素晴しいが、やはり生身の貴方にはかなわない。本当の貴方の方が百万倍色っぽい。嗚呼。」
「ーーお前目がイッちゃってるぞこらエオメル正気に戻れーー!!」
眼前の床から、壁から、果ては天井から、他ならぬ自分の顔が見下ろしている。まるで悪夢だとアラゴルンは思う。
「いただきまーーーーす!」
「イヤーーーー!!(泣)」
それからの数刻は、アラゴルンにとってまさに悪夢の出来事となった。
その同じ頃。
イシリアンの大公にしてゴンドール王国の若き摂政であるファラミアは、ほおじ茶を片手に自室で寛いでいた。
「いい絵だと思わないか、エオウィン。」
「ええ、ほんとうに。」
ずず、と茶を一口啜り、また絵に見入る仲睦まじい夫婦。二人の前には、彼のエオメルの居室にあったものと同じ絵が掲げられている。すなわち、この国の王である、アラゴルンのにっこり笑った姿が。
「もちろん御本人のあの色気にはかなうべくもないが、この笑顔は‥‥愛しい。(照)」
「ええ、女の私であっても、思わず押し倒したくなってしまいますわ。」
さすが我がワイフ。ファラミアは同感の意を眼差しにこめて妻に向ける。
「聞くところによると、そなたの兄君が倉庫ひとさらえ分この絵の複製画を注文していったらしいが」
「複製の在庫がなくなってしまいました。申し訳ありません。」
「よいではないか。一家に一枚、陛下の笑顔。子宝祈願一族繁栄国家安泰。ゴンドールが世界に誇る、中つ国の宝だ。」
ははは、と笑うファラミア。(目は笑っていない←ほんとうは独り占めしたかったものと推測される)
「それにしてもあなた、この絵をどこから手にいれられたのですか?」
「‥‥うむ。実はな、北の野伏の一族から買い入れたのだ。その一族の副頭領の私室に飾られていたものらしい。」
「グッジョブでしたわね、あなた。」
「ふふふ」
どこまでも仲睦まじい二人であった。
それにしても陛下、こんな無防備な笑顔をその副頭領とやらの前で振りまいていたのですか。
自覚がないとはいえ、それはもはや罪。
こんなに寛いだ姿で、こんなに愛らしい笑顔を他人に向けるなど。
ご帰国されたあかつきには、その罪の重さを、この私が貴方に存分に思い知らせて差し上げましょう。
「ふふふ、ふふふふふふふふふ。」
「あなた、目が笑ってませんわよ」
そしてローハンの夜とゴンドールの夜は共に、しんしんとふけていったのだった。
どうしようもないおちゃらけSS。こんなゴミみたいな小咄をつけてまで云いたかったことは、つまり、「あの絵を最初に飾っていたのはどうやらハルバラドらしい」という一言だと思われる。
‥‥目的は果たしたので、私は退散シマス。すごすごすご‥‥‥。