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「族長」
声をかけると、若き族長は振り向いて、ひたりと眼をあわせてきた。
切れ上がったまなじりに、青くさえ見える白目がしらじらと冴えて、美しい。まわりをおし包むむせ返るほどの緑さえ、一瞬色褪せて見えたほどだった。そうやって、こちらを塩の柱と化しておいて、ふいににこりと微笑んだりするから、たまらない。
「ハルバラド! あんたの云うとおりの格好に着替えたぞ。どうだ、これでいいか?」
そんなに嬉しそうに、こちらの名前を呼ばないでほしい。このひとには判らないのだ……俺の後ろで、他の仲間達がどんな殺気立った羨望の眼を俺に注いでいるのか。ただ、あなたに名前を呼ばれただけだっていうのに!
「あーー、族長---アラゴルン。」
咳払いして、族長の名を呼ぶと、ものすごい質量を伴った嫉妬の視線の束が背中に突き刺さってくる。俺はかまわず、先を続けた。
「まず、もっと髪はぐしゃぐしゃにしたほうがいいです。前髪も長く伸ばして、顔が隠れるくらいにしたほうがいいですね。」
「どうしてだ?」
「野伏とはえてしてそういう格好なのです。」
怖い顔をしてみせる。あなたの顔が綺麗すぎるからです、とは---言えるわけがない。
「耳を出すのもまずいですね。耳も髪で隠してしまいましょう。それでもって、ヤクザな連中にもなめられないように、顎から頬にかけてはびっしりと無精髭を生やしてもらいましょう。うん、それがいい。そうすべきだ。」
「不精髭‥‥」
不思議そうな顔をするのに、また怖い顔をして無理矢理反論を封じる。だいたい、女人でもないくせに、そんなすんなりして柔らかそうなうなじを晒しているのは、犯罪だと思う。よくない。子供の教育上も、絶対よくない。
そんなに綺麗なものは、うかつに万人の眼に触れさせるべきではない。冗談じゃない。二人っきり、その黒髪をかきあげ愛の言葉を囁くときにだけ、ひっそりと愛で慈しむものだ……て、俺はいったい何を云っているのだ!(ぶるぶる)
「でもって、泥だらけ埃だらけになって、いつも思いっきり薄汚れててください。顔はなるべく上げないように、いつもフードの下に隠す、これが常識。野伏とはそういうものです。わかりましたね、アラゴルン。」
俺の言葉に、後ろから、「もったいない」だの、「あんなに綺麗なのに!」だの、「俺達の永遠のマドンナになにを云うんだ!」だのと、声にならない悲鳴と、抗議の声が殺到する。俺はその声をきれいに無視した。
「わかりましたね」
念を押すと、アラゴルンは俺の顔をじっと見つめ、真面目な顔でこくりと頷いた。
「わかった。あんたの云うとおりにする。」
族長は、俺の言葉を、しごく忠実に守ってくれた。
ただひとつの誤算といったら、どれほどに汚れきった野伏のナリをしようとも、族長がダダ漏れするふぇろもんの量にはいささかの影響もなかったということだろうか……。
(終わってみる)