「……お礼なんか……。あなたがご無事なら、それでいいんです、私は。……でも、心配しました。もう大丈夫なんですか、お身体の――傷の具合は?」
「ええ、このとおり。」
にこりと笑う端正な笑顔は以前と変わらないのに、なにかが決定的に違う。ソロンギルに椅子をすすめながらやっとそのことに思い至り、イムラヒルは思わず驚きの声をあげた。
「えっ――! ソロンギル、か、髪の毛――切っちゃったんですか!?」
「はい。おかしいですか?」
「おかしくないですけど。でも……。」
――せっかく似合っていたのに、なんてもったいない!
夜の滝のように豪奢に背中へ流れ落ちる長い黒髪は、淡い色の髪の自分にとっては密かな羨望の的だったのだ――とは云えず、イムラヒルは赤くなって、口のなかでもごもごと呟くだけに留めた。照れ隠しに、先程まで己があおっていた葡萄酒の瓶をとりあげる。
「お呑みになりませんか?」
「いえ、私は――」
(あくがれ・SSより抜粋)