ふいに顔をあげたイシリアン候の、その手元がとまったままなのを見かねて、侍従長が小さく声をかける。だが、若き執政はかけられた声に応えず、何を捉えるわけでもない視線を、じっと中空に据えていた。
「…………ファラミア様……?」
侍従長が本気で心配になりかけた頃になって、やっと色の薄い瞳が瞬き、我にかえったように心配そうな臣下を見返してくる。ややあってから、薄く笑ったファラミアは、なんでもない、と手を振った。
「なんでもない。……少し、疲れただけだ。」
「でも、お顔の色がずいぶんと優れないようでございます。すこし、お休みになられたほうがよいのでは………やはり、陛下がいらっしゃらない間の政務のご負担がおおきいのではございませんか。」
「陛下が国外におられる間は、替わってゴンドールを護るのが、執政たる私の責務だ。国政にかかわる者として得難いつとめであるし、なにものにも代え難い喜びだと思っているよ。……さあ、続けよう。」
何事もなかったかのように再び積まれた書類に目を通し、さらさらと筆を走らせはじめた執政の姿に、安堵のため息をついた侍従長は、速やかに己に与えられた職務に没頭していく。だから、なにかと物事に聡い彼といえど、とうとう気づくことはなかったのだ――平静を装って淡く伏せられた目蓋の下で、ファラミアの目が狂おしい光を放ち、その唇が色を失うほどにきつく噛み締められていたことに。