赤子は、小さな身体をそっくりかえらせて、おそるべき音量で泣き続けている。デネソールの腕に渡されると、さらにその声は破壊力を増した。小さな顔は、まるで茹で上げたように真っ赤に染まっている。
――赤ん坊とはよく云ったものだ。‥‥こんなにも顔が赤い。赤すぎて、まるで同じ人間とは思えぬ。
この赤子は自分とフィンドゥイラスとの間に出来たはじめての子供で、祖父であるエクセリオンに、ボロミアと名付けられたばかりだった。が、こうやっていきなり手渡されても、父親としての自覚が突然芽生えるはずもない。デネソールは、内心辟易しながらも、赤子を抱いたまま硬直するより他に手だてはなかった。
至近距離での騒音に、ほとんど気が遠くなりかけているデネソールの脇で、エクセリオンが側に侍る家臣達になにごとか囁く。聞き取れはしなかったが、手振りから察するに、家臣達にも自分の孫を抱いてみろ、と即したらしい。恐縮した家臣達が、後ずさりするのが見えた。――あの謹厳な父であっても、孫となるとふつうの好々爺に変貌するものなのだろうか?
虚ろにそんなことを考えていたデネソールは、ふいにエクセリオンに袖を引かれて、我にかえった。
「デネソール卿、ボロミアをソロンギル将軍に抱かせてみよ。よいか、そっと渡すのじゃぞ?
誉れ高い将軍の祝福があれば、ボロミアもきっと強い子に育つじゃろうて。」
周囲から押し出されたのだろう、これもいささか困惑した表情のソロンギルが目の前に突っ立っているのを見て、瞬間かあっと胸が煮える。たとえ何であろうとも、この男に我がものを差し出すなど、ごめんだった。
だがエクセリオンに再度即されて、不承不承ながらも、泣き続ける赤子をソロンギルの腕のなかに移動させる。
――瞬間、双方の手が触れ合った。
デネソールは、火傷をしたひとのように飛び退る。はっとして周囲に目を走らせたが、今の彼の行動をいぶかしむ視線はなかった。老執政を含め、周りの関心は、赤子を受け取った男のほうに移ったようだ。
「なんじゃソロンギル、そのへっぴり腰は。」
抱き慣れない物体を渡されて、珍しく動揺しているらしいソロンギルの様子を、一歩下がったところから見物する。せいぜい動転するがいいわ、いい気味だ――そう思いながらも、デネソールの右手は、無意識に、先程ソロンギルの手が触れた箇所をさすっていた。
(「Honesty2」より抜粋)