いつの間にか、あたりは暗闇に覆われていた。
 足下さえよく見えない。
 息詰まるような漆黒の闇があたりを覆い、エオメルの視界を奪う。
「どこ――どこにいるのですか!」
 必死に辺りを見渡し、彼の名を呼ぶ。さっきまで、自分の腕のなかにいたはずの、彼を。
 ざわざわと、裸の踝に風にざわめく草が打ちつける。
 ということは、ここはあの草原なのだ。初めて彼と出会い、そして想いをとげた、あの。
 そう思い至った瞬間、前方がほうっと白く光る。
 黒くざわめく草原のなかに仄白く浮かび上がったものを見て、エオメルは歓喜の声をあげて走り寄った。
「アラゴルン! そこにいらしたのですか!」
 重く湿った草が足にまとわりついてひどく走りにくい。葉を蹴散らすようにして、ようやく側まで来る。
 アラゴルンの、一糸纏わぬ裸体が、草原のなかに横たわっていた。横向きになった顔は反対の方に向けられていて、エオメルからは見えない。
「‥‥アラゴルン‥‥?」
 闇のなかで、ほっそりとした肢体は白く、ほとんど透きとおってさえ見える。脇に膝をつくと、また虚空に風が吹いて足下の草を揺らした。
 アラゴルンは動かない。周囲の闇と同化したような黒髪が、僅かに頬のところで揺れているだけだ。
 不安になり、たまりかねてアラゴルンの肩に手をかけようとする。その時、すぐ近くでぱりん、と微かな音がして、エオメルは目を見開いた。
――なに?
 目にしたものが信じられず、そのまま凍りつく。
 アラゴルンの鎖骨の下から、皮膚を突き破って、小さな植物が芽を出していた。丸まっていた柔らかそうな茎が、くく、と伸びて完璧な形の二葉を形成する。
 


(水沫の花「Side:E」SSより抜粋)