―――アラゴルン?
 掠れる声が、まるで自分のものではないようだ。乾いた唇を無理に湿らせ、エルフらしくもない割れた声でレゴラスはひとの子の名前を繰り返し叫んだ。
「アラゴルン――――アラゴルン!」
 彼が、いない。
 ひどい焦燥感が胸を突き上げる。なにもかもよくできた冗談のようだ。ああ、すごい出来だ。よく出来たね笑えるよ。だからもうやめてくれ。わかったから。よくわかったから。お願いだ。
 虫の息のオークが、嘲笑う。
 そのオークに、斧を突きつけるギムリの腕が震えている。
「彼は、死んだ。」
 ごぼりと血を吐き出して息絶えたオークの、呪いにも似た臨終の言葉。
 その言葉を聞いて、まっ先に駆け出し崖に走り寄ったのは、ローハンの年老いた王だった。その王の後を追って、レゴラスもぎくしゃくと走り出す。
―――なにをやっているんだろう、僕は。
 再び、闇の森の王子の頭は混乱しだす。
 この僕が――スランドゥイル王の息子であるこの僕が、人間の後塵を拝するなんて、どうかしているよ。しかも相手はあんなお爺さんときた。
―――本当は、僕が自分の先に歩くのを許す人間は、彼だけのはずなのに。
 見慣れた黒衣の背中が脳裏を掠める。油断なく片手を剣にかけ、ほんの少しだけ長身を屈めるようにして歩くひとの子の姿が。
―――アラゴルン。

 その日を境に、アラゴルンの姿は忽然とエルフの前から消える。
 


(The Worlds End Garden SSより抜粋)